ぐるぐる回る。
夏が来ると思い出す美しいだけのもの。
暁が裾をはためかせ、夏の空に明るさが弱く滲んでいて、夏でも朝なら涼しいねって言い合いながら一緒にDVDを返しにいった。
確か「クロエ」という映画のDVDだったと思う。
白線の上を歩いていたあの子が途切れた線を前にどうしようかと立ち止まっていたから、しょうがないなと言って抱きかかえて次の白線の上に降ろしてあげた。
また違う夏の真夜中。
ドライブで海に行って、座り込んだあの人を置いて浜辺の端っこに靴下と靴を放って太ももまで海に。
じっと見下げた黒々とたなびく波はまるで薄いベールを何枚も何枚も重ねてできているようだった。
1つだけ知っている海の歌を口ずさみながら浅瀬を歩く。月が浮かんでいて、昔、画集でみたムンクの絵が思い出された。
そういえばムンクは同じテーマ同じ構成の絵を何枚か書く節があって、そういうのって面白いよねって言って振り返ったけどあの人は暗い浜で煙草を吸いながら「よくわからない」と言った。
暗がりで揺れる煙草の火は小さなオレンジ色のボタンのようで、それをぼんやりみつめながら夜の海って暗くて品があって良いものだなあって考えていた。
あの人はきっと何も考えていなかったんじゃないかな。
鮮烈に残る記憶は夏のものが多い。
いい思い出も馬鹿みたいな思い出も、あまり濾過されないまま残る。
色々な夏や色々な人が、僕がいかに愚かでいかに冷徹で、いかに幼稚でいかに融通が利かないか、そしていかに不真面目かを丁寧に教えてくれた。
大切にされても、そうでなくても、美しくても、醜くても、何にしろ1つでも綻びができると一気に解けていって後は何も残らなかった。
それでも芸術や文学の普遍的なモチーフとされるのだから、恋愛というものはきっと何か素晴らしいものが入っているはずだと己の手で箱を振ってみるがどうやら何の音もしないのだ。
もしかしたら誰が相手でも僕が僕である限り全ての結末は同じなのかもしれない。
誰といるときも本当は誰のことも好きではなかったのかもしれない、僕が守りたかったのはただ僕1人だけだったのだという結論の前に立つと、深い洞窟を覗き込んだようでゾッとする。
誰かは僕のことを「強い」と言い、また誰かは「冷たい」と言い、また誰かは「優しすぎる」と言った。
きっとそのどれでもない。