8bro

キャラメルプライベート

邪悪な愛妻弁当

スターバックスの店員さんは何故かくも優しいのか。

僕は時々スターバックスに入店する。
巷ではスターバックスの呪文のように長い商品名や、謎のトッピング法や飲み物のサイズ選択の分かりづらさに太刀打ちできる気がしないので恐ろしいというような意見を聞く。
確かに同意するし、僕はスターバックスの常連という訳でもないのでトッピングやら豆乳アレンジやらはよく分からないし頼む勇気もない。
だってレジで「あ、あの、牛乳を、豆乳に、して頂くことって…」と言い出して「はい?当店ではそのようなサービスは行なっておりませんが」と失笑されたら、その場で切腹するしか道はない。
おそろしい。しかし僕はそんなに豆乳が好きな訳ではないので問題ない。

そういう変化球は恐ろしいが普通に注文する位はできる。

そして僕には【悪びれず質問する】という得意技があるので、レジが混んでいなければ「温かくて甘いのってどれがオススメですか?」とか「これには何が入ってるんですか?」とか「このクリームの上に乗っかってる赤いの何ですか?」とかズケズケ聞いて好みのものを決めることができる。

ちなみにレジが混んでいたらキャラメルマキアートのトール、その一択だ。

そういった魔の注文方法より何より僕が不安になるものがある。

それはスターバックスの店員さんの、明らかに他チェーンのカフェのその人たちよりにこやかで優しいその親切さだ。
不安になる。スターバックスの店員さんは何故かくも優しいのか。


以前、遠い土地でバスに乗っていたとき【ほがらか】という名前のバス停があった。
そのときの恐怖に似ている。
【ほがらか】とだけ伝えられる土地情報、その唐突な陽気さは得体が知れないが故に「ほがらか」であることは本来良いことなはずなのに、大変気持ちが不安定になる。
【ほがらか】って何!?そのバス停で降りたら、どこに連れていかれるの!?


コーヒーを選ぶのに必死でニコリともせずメニューをみつめて注文するだけの僕に対して彼女らは「待ち合わせですか?」「お財布とってもかわいいですね!」「今日はお出掛けですか?」「ゆっくりして行ってくださいね♪」と、レジ所そしてランプ下、各所でただコーヒー一杯を頼んだだけの無愛想な自分に、代わる代わる優しくしてくれる。
何故そんなに優しくしてくれるんだ。全くもってドキドキする。
僕はカレー屋で接客をしていた経験があるが、お客さんに対してあんなに優しくにこやかに接することができた試しがない。
スターバックスはスタッフに特別そういった指導をしているのか、はたまたスターバックスで働いているという自負が彼女らを笑顔に、そして親切にするのか。
僕は想像できない。
スターバックスで働く彼女たちが、夏場、部屋で半裸でアイスを食べている様が。
彼氏に話しかけられてもケータイから目を離さず無表情で「別にどうでもいいじゃん」と吐き捨てる様が。
ラーメンを食べるとき、表面に浮いている油の玉を箸で繋ぎ合わせて1つの大きな円を完成させニヤッとしている様が。
絶対に絶対に想像できないのだ。
もしかすると彼女達は本当にそんなことはしないのかもしれない。
夏場だってちゃんと可愛い部屋着をきて、アイスだってハーゲンダッツか白熊の二択。
彼氏に話しかけられたら笑って「なぁに?」と振り向いて、何ならそのとき手作りのビーフシチューを煮込んでいる最中かもしれない。
そして、食べるラーメンは表面が野菜で覆われていてハナから油の玉なんて垣間見えないのだ。
きっと、そういう人しかバイトしちゃ駄目なんだ。

そんな彼女達が屈託なく僕に笑いかけてくれる。

ごめんなさい、僕、悪い奴なんです、と懺悔したくなる程の、彼女達の、ほがらかさ。
夏場、半裸で、ごめんなさい。

大きな円を作ってごめんなさい。
恋人に関しては、付き合っている間はそれなりに優しく接しているつもりだが、いつだったか、付き合いたてだった当時の彼女と一緒に外のベンチでお昼を食べていたときに、彼女が「私も愛妻弁当が食べたい。今度作ってきて!」と言い出したので、そのとき彼女が食べていた市販の弁当のパッケージに油性ペンで大きく【愛妻】と書いて「はい、愛妻弁当。」と言って手渡して「食べたかったんでしょ?よかったね!」と、にっこり笑ってあげた。

それ以来、彼女が僕に弁当をねだることは一度もなかった。